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中田清穂のIFRS徹底解説

第14回 「日本企業をダメにする会計制度(第2弾)~のれん~」

今回は、日本の『のれん』の会計処理が、経営判断に悪影響を及ぼす可能性についてお話します。

『のれん』は、会計の知識がない人にとっては、なかなか理解しにくいものです。

少し乱暴な表現をすれば、『のれん』は、M&Aによって買収する際に、買収された企業の価値以上の金額で買収した場合に、買収金額から買収された企業の価値を引いた差額です。

これを「超過収益力」などと表現することもあるように、買収した企業は、買収することで従来以上の収益力があげられると期待して、買収される企業の価値以上の金額を出すわけです。

例えば、自社単独で販売網を拡大するよりも、すでにある地域で販売網を築いている企業を買収することで、短期間に販売網の拡大ができるようなケースで、買収される企業の資産価値などよりも高い金額で買収するメリットがあるのです。

日本の会計基準では、『のれん』は、20年以内に毎期定額で償却することが義務付けられています。
これに対してIFRSでは、『のれん』は償却することが禁止されています。

日本の会計基準が、『のれん』の償却を義務付けているのは、以下の理由からです。

1.将来の売上に役立つために高い金額で買収したのだから、買収後の
 毎期の売上から、『のれん』の金額の一部を一定額ずつ引いて、
 各期の利益を計算するべきである。

2.買収時の「超過収益力」は、競争の進展によって通常はその価値が
 減っていくものである。

3.買収時に計算された『のれん』は、買収した時点ではそれだけ高い
 金額を出すメリットがあったとしても、買収後は、買収した企業と
 買収された企業が混然一体となって活動をしていくので、買収時の
 「超過収益力」が減っているのか、増えているのか、あるいは
 維持されているのかを見極めることができないから、買収時の金額
 のままずっと資産として計上するのは好ましくない。

このコラムでは、『のれん』の会計処理として、償却すべきかどうか、どちらが正しいのかを主張したいわけではありません。

論点は、経営者の判断への影響です。

もちろん、ある企業を買収する意味があれば、その後の会計処理が制度上どのようになっていても買収すれば良いはずです。

しかし、今の日本企業の多くは、買収時に高く買った場合に計算される『のれん』が、買収後に毎年の利益を減らすことになることから、企業にとって有益な買収を断念するという経営判断をすることも少なくないようです。
また、多額の『のれん』が計算されてしまう買収案件が成立しても、今度は、毎期一定額を規則的に費用計上していくだけなので、買収時に見込んだ「超過収益力」が得られているのかどうかを見極める手続がおろそかになりがちです。「あの買収はやってよかったのか?成功したのか?」という評価がほとんど行われないのです。

資産を購入した後は、その資産を購入する際に期待した効果が得られているかどうかを評価する習慣が日本企業にはあまりないこともベースにあると思います。
固定資産を購入したら、毎期償却するだけで良い、その資産が企業にとって最大限に活用されているかどうかを評価する必要はない、というわけです。
みなさんの会社ではどうですか?
資産を購入する際には、厳密な稟議手続の中で、購入する資産の費用対効果の分析資料も作成するのに、一旦購入してしまうと、購入時の費用対効果など忘れてしまい、ただただ償却していくだけで、当初の期待通りに利用できているか、などといった評価は一切していないのではないでしょうか?

株主から預かったお金で資産を購入しているのに、その資産を最大限に活用しようとしていないのです。

企業買収などは、通常の資産の購入よりも、比較にならないくらいの金額が動きます。
それでも、買収後に、買収による効果を評価しないのは、問題がありはしないでしょうか。

つまり、日本の会計制度では、経営者の判断に以下の悪影響があると思います。

1.適切な買収判断が行われなかったり、意思決定が遅れたりして
 しまう。
 (買収後の利益を圧迫するため)
2.買収の経営責任がうやむやにされがちである。
 (買収後に毎期『のれん』の評価を行わないため)

企業買収は、通常の資産以上に、企業の成長・発展に大きな影響を及ぼします。
企業戦略上、大変重要であるとも言えます。

IFRSでは、『のれん』は毎期償却するのではなく、毎期買収時の価値を維持しているかどうかを評価する手続(減損手続)を義務付けています。

このため、IFRSを採用している企業は、買収の翌年から多額の費用が発生することがないために、積極的なM&Aができます。
その反面、買収後は『のれん』の評価を行い、買収が当初の期待通りに活かされているかどうか、という評価にさらされて、適切な緊張を経営に与えていると言えるでしょう。

いかがでしょうか?
会計制度が、企業戦略上非常に重要なM&Aに、少なからず影響を与えていることがおわかりいただけましたでしょうか。

以上

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第60回 「IFRSの誤解:海外子会社の機能通貨」
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第1回 「有形固定資産(初度適用)のみなし原価の実務対応」

著者プロフィール

中田 清穂(なかた せいほ)
青山監査法人にて米国基準での連結財務諸表監査に7年間従事。
旧PWCに転籍後、連結経営システム構築プロジェクト(約10社)に従事。
その他に経理業務改善プロジェクトや物流管理プロジェクトにて、現場業務の現状分析や改善提案に参画。
旧PWC退社後、DIVA社を設立し、取締役副社長に就任。DIVA社退社後、独立。