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中田清穂のIFRS徹底解説

第59回 「IFRSの誤解:IFRSは投資家にとっても役に立たない」

【誤解】
IFRSは投資家のための会計基準だということだが、日本の会計基準で十分投資家の判断に役立っており、わざわざIFRSを日本企業に適用させる意味はない。

   ↓

【実際】
IFRSは、投資家が意思決定をする上で重要なポイントになる「将来キャッシュ・インフロー」の予測に役立つ財務報告を提供させるものであることから、過去の結果である損益中心の財務報告を提供させる日本基準よりも、投資家の役に立つものである。


冒頭の誤解をされている方々の中には、「IFRSを適用せず、日本の会計基準で開示し続けても、アナリストなどのプロフェッショナルが、日本基準で開示された財務報告をIFRSベースに置き換えて分析してくれるから、投資家は困らないんだ」という意見があります。

今回はこれについて検討してみたいと思います。
投資家の意見を全て聞くことはできません。
そこで、2011年6月30日に開催された金融庁企業会計審議会総会と企画調整部会の合同会議で発言した委員の中で、投資家サイドの立場で発言された鈴木行生氏(日本ベル投資研究所代表取締役)の意見を参考にします。
鈴木行生氏は、日本証券アナリスト協会の元会長です。

鈴木行生氏の発言で参考になると思われるのが、以下の項目です。

(1) 投資家は、「経営者が企業価値を創造するプロセス」に投資するのだ。
(2) IFRSでモノサシが変わると、経営者の意思決定がどのように変わるのか、
  つまり、「IFRSが企業価値の創造にどう影響するか」が最大のポイントである。
(3) 「企業価値を創造するしくみ」とは、すなわちビジネスモデルであり、
  ビジネスモデルが変わるということについて、投資家サイドとしては重大な
  関心を持っている。
(4) 投資家サイドから見て、経営者も従来の会計基準で報告されている財務情報に
  不満を持っているようだ。従来の会計基準は実態を表していないからだ。
  投資家も実態を知りたい。
(5) 「今まで通りやりたい」という保守的な考えや感情論ではなく、業種などの
  セクターごとにきちんと検討して、日本の企業活動の実態に合わないものは
  整理した上で受け入れないことを明確にしていくべきだ。

上記を私なりに解釈すると以下のようになります。

IFRSは従来の過去の業績を測るためのモノサシではなく、将来のキャッシュ・インフローを測るためのモノサシである。
制度会計においてモノサシが変わることで、経営者も、過去の結果である業績にばかりとらわれず、将来のキャッシュ・インフローを増やすことを意識した意思決定をするようになるのではないかという点に、投資家としては関心がある。
このことは、企業のビジネスモデルの在り方も変えるかもしれない。
なぜなら、目先の業績を負うためのビジネスモデルから、中長期的な観点で将来のキャッシュ・インフローを増加させるビジネスモデルに変えるかもしれないからだ。
そのようなビジネスモデルの変更を行う企業は、「企業価値を創造するプロセス」を改善することになるだろう。
投資家はそのような企業に投資するのだ。

ここには、IFRSが、企業を売買するための、つまりM&Aのためのモノサシではなく、企業が長期的に継続して活動するゴーイング・コンサーンを前提とする会計基準であり、だからこそ、将来のキャッシュ・インフローを増加させることを意識せざるを得ない会計基準なのだという前提があることを念頭に入れた発言だと思います。

まさしく、IFRSの概念フレームワークの「基礎となる前提」に記載されている「継続企業の前提」です。

また、(4)の「経営者も従来の会計基準で報告されている財務情報に不満を持っている」というところも見過ごせません。
 従来の日本の会計基準は、有形固定資産の減価償却費の処理のように、全く異なる業種の企業がどのように使おうとも、みな同じ耐用年数で処理しています。
つまり、実態とはかけ離れた会計処理をしてきたのです。
その結果を制度会計用の開示情報だけでなく、社内の経営管理にも利用させられてきたのです。

私も上場企業のトップ・マネジメントから、「経理から上がってくる財務情報は、全然信用できない。経営意思決定をする上でとても困っている。経理から上がってくる情報に騙されないように気をつけている。」といわれることがしばしばありました。
 経理部門としては経営者をだますつもりは毛頭ないでしょうが、経営者としては、実態を表さず、ただルール通りに画一的に処理された財務情報が、自社の実態にフィットしていないことを、感じ取っているのだと思います。
社内のだれが見ても、重要な製造設備が30年近くも使われているのに、10年で期間配分が終わってしまっていて、あと何年使えるかという情報はどこからも上がってこないのですから。

投資家は、経営者が実態をきちんと把握して、その上で将来のキャッシュ・インフロー、すなわち企業価値を増大させるビジネスモデルの構築にまい進してもらいたいと考えているのではないでしょうか。

なお、投資家サイドの立場で発言された他の委員からは、以下の発言がありました。

・ 海外のアナリストの中で、日本の会計基準を習得しようという機運が
  かなり後退している。
・ 日本のマーケット自体の関心が低くなってきている。
・ その反面、アジアの企業への関心は相当高まっている。
・ 海外での決算説明会に出席しても、日本企業の説明会は閑古鳥だが、アジア企業の
  説明会は満員だ。
・ これ以上、日本のマーケットや日本企業への関心が低くならないように、IFRSの
  適用に関する議論をしていただきたい。

以上




バックナンバー

最終回 「日本の会計基準とIFRSの「強制適用」」
第65回 「影響度調査の盲点」
第64回 「IFRS決算体制はいつから検討するか」
第63回 「IFRSの誤解:IFRSは時価会計的でM&Aのためにある」
第62回 「棚卸資産の評価とAging(長期滞留)」
第61回 「IFRSの誤解:海外子会社の機能通貨(その2)」
第60回 「IFRSの誤解:海外子会社の機能通貨」
第59回 「IFRSの誤解:IFRSは投資家にとっても役に立たない」
第58回 「米国基準を適用している企業の動き」
第57回 「グループ会計方針での重要性の判断規準」
第56回 「開発費の償却費は原価算入するべきか?」
第55回「闇に葬られてしまった有給休暇引当金問題」
第54回「金融商品としての売掛金の開示」
第53回「馬鹿に出来ない!?最初のIFRS財務諸表をアニュアルレポートで開示するメリット」
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第41回 「改定されたIAS第1号「財務諸表の表示(開示イニシアチブ)」の
適用状況調査」

第40回 「連結決算短信での「会計基準の選択に関する基本的な考え方」の記載状況」
第39回 「IFRS財団は日本の現状をどう見ているか」
第38回 「4つの会計基準収斂の方向性」
第37回 「IFRS適用の対応コスト」
第36回 「開示ボリュームを激減させる具体例」
第35回 「開発費資産計上の実態と分析」
第34回 「有給休暇引当金開示の実態と分析」
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第32回 「任意適用積み上げの動向と強制適用の可能性」
第31回 「膨大な注記への対応」
第30回 「さまざまなグループ会計方針書」
第29回 「IFRSでの勘定科目体系」
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第13回 「J-IFRS(日本版IFRS)のねらい」
第12回 「日本企業をダメにする会計制度~開発費会計~」
第11回 「IFRS任意適用の動向」
第10回 「減損の兆候」
第9回 「外貨建取引の換算と個別会計システム」
第8回 「支払利息の原価算入」
第7回 「耐用年数変更の記載事例」
第6回 「減価償却方法変更の記載事例」
第5回 「定額法への減価償却方法の変更の動向」
第4回 「有形固定資産(初度適用)のみなし原価の実務対応(その2)」
第3回 「現在の決算手続きに影響を与えかねない経済的耐用年数の決定」
第2回 「経済的耐用年数のあの手この手」
第1回 「有形固定資産(初度適用)のみなし原価の実務対応」

著者プロフィール

中田 清穂(なかた せいほ)
青山監査法人にて米国基準での連結財務諸表監査に7年間従事。
旧PWCに転籍後、連結経営システム構築プロジェクト(約10社)に従事。
その他に経理業務改善プロジェクトや物流管理プロジェクトにて、現場業務の現状分析や改善提案に参画。
旧PWC退社後、DIVA社を設立し、取締役副社長に就任。DIVA社退社後、独立。